「な」
なんど心を変えようとしても
今まで聞いた、どんなシェンラの声よりも、鋭く無機質。それが、何よりも明確に、シェンラにとってフィアンがどういう存在かを物語っていた。
「シェンラ、私――」
「戻りなさい、フィー」
再度、言葉は途中で遮られる。先ほどよりも遥かに強い声は、はっきりと苛立っているシェンラの心情を表していた。
心臓が締め付けられたように痛み、フィアンは服の胸元をかき抱く。
「ごめんなさい、私の話なんて聞きたくないの、分かってる」
「フィー」
「でもどうしても、今言っておかないといけないって思ったから」
「フィアン」
「シェンラ、私」
「フィアン!!」
「!?」
扉が震えるほどの音量で、シェンラが叫んだ。
初めて、シェンラに怒鳴られた。
その衝撃に、フィアンが一歩後ずさりする。それほどに、厭われているのか。
シェンラはいつだって彼女を気遣ってくれて、大切に思っているのだと伝えてくれた。家族を失って悲しみに潰れそうになる彼女を、いつだって優しく包んでくれた。
そんなシェアンがここまで苛立ちを表すなどなかったのだ。
フィアンは、未練がましく代案を探していた心を抑え付け、決意を固めた。
「――シェンラ、私、この家を出て行く」
言い切った。
シェンラの自室の扉に縋るように両手を置き、額をつける。本当は近づくべきじゃないと分かっていたけど、耐えられなかった。
「今まで、本当にありがとう。何も返せないけど、でも、シェンラの留守の間はこれまで通り掃除とか……家のことしておくから」
そこまで言って、苦々しい思いとともに付け加える。
「勿論……シェンラが望むなら、だけど」
彼女のことが嫌いなら、それすら望まない可能性が高い。自分で言った言葉の意味に、フィアンは涙を流しそうになり、口を引き結んだ。
返事は、ない。
もう、この場にいるべきではない。
「荷物は、すぐにまとめるから。……邪魔してごめん……おやすみ」
何とか言い切って、フィアンは踵を返した。
息が、苦しかった。
言ってしまったのだ。
ずっと彼女を大地に繋いでいた確かな糸が、切れたようだった。不快で、現実離れした浮遊感が彼女を包む。倒れそうになる身体に無理をいい、床と一体化したような足をなんとか前に出した。
倒れこむ前に、縋りつくように自室の扉に手を伸ばしたその時。
「ひっ!?」
もう一方の扉が開き、硬く太く、長い腕が彼女に絡みついた。
「な――」
何? そう尋ねようとした彼女の身体が、強い力で後方――シェンラの部屋の中へと引きずり込まれる。身体を強制的に動かされたフィアンの脳が状況を把握するよりも早く、彼女を引き込んだ腕が、閉じられた扉へとフィアンを押し付けた。
「っ」
叩きつけられたと言っていいほどの衝撃に、フィアンは目を瞑る。そんな彼女の両手首を硬い手が握り、扉へ縫い付ける。鼻腔をくすぐる、懐かしい草原の香りにフィアンは目を開けるも、すぐ目の前に見えた黒い鼻先に、目を見張る。
当然、その持ち主などひとりしかいない。
「シェン――」
ひどく弱弱しい声で名を呼ぼうとしたフィアンの唇に、シェンラの口がぶつかった。
人とは異なる、唇のないその部分が開かれれば、合わせられたフィアンの口も強制的に大きく開く。
その隙に、シェンラのぬるりとした薄く大きな舌が、フィアンの口の中へと侵入した。
「ん、んんっ!?」
文字通り彼女の舌に絡みつき、口内を蹂躙するシェンラの舌に、フィアンの頭は混乱を極めた。
人にあらざる故に器用に動く広い舌は、彼女の唾液を絡め、舌に巻きつき、口内を犯しきる。
「く、ん……!」
開いた口の隙間から唾液が零れ落ち、顎を伝って首に流れていっても、シェンラの動きは止まらない。そのうちシェンラは、扉に繋ぎとめていたフィアンの両手を解放し、右手を後頭部へ、左手を背へと回した。一気に身体に引き寄せられ、二人の身体が密着する。
「んぁ、……っ」
必死に鼻で呼吸を繰り返すも、その息すら絡め取られているのではないかと思うほど執拗なシェンラの舌の動きに、フィアンは顔を背けようとした。
だが、シェンラの大きな手はしっかりと彼女の後頭部を掴んでおり、抵抗など許すはずもない。
余計にシェンラの腕に力が込められ、フィアンは人外の力で身体を浮かされた。実際には腰に当てた腕一本で彼女の全身を持ち上げたシェンラの強大さに、改めてフィアンは驚愕する。
(シェンラ――)
ちらと潤んだ目を開ければ、少し離れた場所に、闇でも青く輝くアイスブルーの瞳があった。いつもの、彼女を甘やかすとろけた瞳ではなく、獲物を喰らいつくす直前の、捕食者の瞳。しかしその瞳の中には、明らかな情欲の炎が宿っている。
フィアンは全身が粟立つのを感じた。
(私、シェンラにキスされて……?)
口付けなどという甘いものではなかったが、広義に解釈すれば、確かに二人は口付けの最中だった。
「んん、んぁ……!」
シェンラと呼ぼうとした彼女の口は、相変わらずシェンラの舌に蹂躙されており、全く言葉にならない。ぴちゃくちゃとした唾液同士が交わされる音と、鼻にかかった僅かな嬌声だけが、フィアンの口から発せられた。
「ふ、あ……っ」
不意にずるりと口からシェンラの舌が抜け、一際高く身体を持ち上げられた。フィアンの頭がシェンラの長身より高い位置に上げられ、不安定になったフィアンはシェンラの後頭部に両手を回す。
くつくつと哂いながら、シェンラの鼻先が彼女の胸の合間に沈む。
「シェンラ……」
訴えるようにシェンラを見れば、シェンラは鼻先を胸に沿って持ち上げると、顎をそのまま彼女の胸に沈めた。
「お前が悪い。あれほど言っただろう、フィアン? 私に話しかけるな、部屋へ戻れと」
声は未だに温かみを帯びず、冷たいままだった。愉悦に似た暗い感情が、聞きなれた声に混じっている。鎖骨に置かれた顎が開き、長い舌が伸びてフィアンの首を舐めた。そして呟く。
「聞き分けのない子には、お仕置きが必要だねえ」
彼女の身体を扉の上部に押し付け、首の後ろに回していた手を外す。細められた瞳をフィアンの顔に向けたまま、シェンラは外した手で彼女の左胸を掴んだ。
「っ」
握るように力を込められ、思わずフィアンは声を上げる。それを、シェンラは哂って眺めている。数度手を動かして回すように揉みこむと、指先を襟ぐりに引っ掛けた。
「!?」
一気に、シェンラは胸に置いていた手を下ろした。
鈍い音ともに、服が真っ二つに切り裂かれる。
「な――」
上着どころか、肌着と胸だけを覆うコルセットまで綺麗に真ん中で裂かれ、素肌を冷たい夜の空気が撫でる。
信じられないとばかりに目を見開きシェンラを見下ろしたが、シェンラは妖しい笑みを浮かべたまま、彼女の開かれた服を掻き分け、素の胸に頭部を沈めるばかり。
しかし爪の尖った右手がむき出しの肌を這い、スカートのウェスト部分にかかった時、さすがに我に返ったフィアンは声を上げた。
「シェンラ、や、止めて……!」
「何故?」
「……っ」
爪を収めた指が、フィアンの腹を撫で、くすぐったさにフィアンは息を止めた。しかし顔は嫌だと左右に振る。そんな彼女に、シェンラは顔を横に向け、夜気で尖ってしまった胸の頂を、ぺろりと舐めた。
「ぁ……くっ」
思わず出てしまった声を更に引き出すように、熱い舌が、乳首に纏わりつく。唾液を絡め、水を飲むように舌先だけで蕾を転がす。素肌に擦り付けられたシェンラの毛すら甘やかな刺激となり、びりびりとした痺れがフィアンを絶え間なく襲った。
「なん、で……シェンラ……」
声を震わせて尋ねるフィアンに、シェンラは目を細める。
「言うことを聞かない悪い子には、罰が必要だろう? お前は手の掛からない良い子だったけれど、今宵は違うようだねえ……これほどに」
「ひ――っ」
最後の言葉に合わせて、スカートが裂かれる。上半身と異なり引っかかる所のない布は、そのまま床へと落ちていく。
むき出しになった足や腹を、シェンラの毛皮がくすぐる。よく見れば、シェンラは何も身につけていなかった。こんな状況だというのに、僅かに入ってくる月の光で毛が透き通るように輝き、フィアンの目を奪う。
「酒の匂いをさせて、この家から出るなどと言うのだから」
声は楽しむような響き出しているのに、何故かフィアンにはシェンラが怒っているように感じた。なんでと、疑問に思う心も、下着だけをまとう尻からももへと這うシェンラの右手に邪魔される。
「それ、は……だって、シェンラの繁殖期が」
その単語を出した瞬間、シェンラの動きが止まった。鼻先をフィアンの首に埋め、左手は強すぎる力で腰を支えて彼女を持ち上げ、右手はももの裏を揉んでいたその体勢のままで。
「シェンラ……?」
怖くなって出した声は、シェンラの耳に届いたのだろう。ふるりと、耳が動く。
「そう――知っていたのだねえ、フィアン」
小さく呟かれた声は静かななのに、フィアンを震え上がらせるほど、強い感情が込められていた。
「なのに、声をかけたのかい? こんなに――男の匂いをさせて?」
「ぅ、ぁあっ!」
先ほどまでの、優しいとも言えた接触から一転、シェンラは彼女の両腕を掴み上げると扉に身体を縫いつけた。肩のすぐ横を大きな手で押さえる力は、ぎりぎりと彼女に砕けるのでは思わせるほどの痛みを伝える。
シェンラの喉からは唸り声が上がり、口の皮は捲れがって鋭い牙が見えている。彼女を縫い付ける手の指先には爪が伸び、扉に深く食い込んでいた。
――彼女が初めて見る、シェンラの憤怒の感情だった。
「いっ!?」
食い殺さんばかりの勢いで、シェンラが彼女の乳房に喰らいついた。牙が当たり、痛みを生む。血はさすがに出ていないようだが、それも時間の問題と思えた。
「そうして、その男と出て行くと? 私の前から消え、全てを捨てて?」
「嫌! やだ、止めてよ、シェンラ……!」
乳房に喰らいついた口の中で、舌が彼女の乳首を押しつぶし、転がし、ねっとりと唾液を纏わり付かせる。再び牙を立てることはなかったが、乳房全体を押し上げ、苛め抜く舌の動きに、フィアンは涙を零した。
「嫌? 何故? 私がいれば、一人でもいいと言ったのはお前だろう、フィアン? それとも、その男がいるから、あれは嘘だったとでも言うのかい?」
「ひうっ」
シェンラが何のことを言っているのか、フィアンには全く理解できない。
シェンラは彼女の拒否の声を無視し、もう片方の乳房にも同様に食いつくと、鼻先全体でクッションを潰し、蕾を押し込み、舌で弾く。
「なんで、なんでぇ……シェンラぁ……っ」
泣きながら、フィアンは何故、女性であるシェンラにこんなことをされているのか考えようとした。だけど行き着くのは、シェンラにこれほどのことをさせるくらい、自分が嫌われているのだと言う答えのみ。
好きになってもらうのは諦めた。でも、嫌われたくはなかったのに。
「『なんで』? そうだねえ……」
双丘を食んでいたシェンラの口が、舌で唾液の跡を残したまま胴を下り、臍を過ぎて、下着に達した。
「――身体くらい最後に私に残していってもいいんじゃないかい?」
「シェンラ!!」
下着の縁に噛み付くと、シェンラは一気に下着を食いちぎった。決して頑丈じゃない下着はシェンラの牙で裂かれ、ただの残骸となって床に落ちる。
一糸纏わぬ姿のまま、扉に磔になったフィアンを、シェンラが昏い欲を瞳に湛えて見つめている。
痛いほどに肩に込められていた力が抜け、彼女を縫い留める程度になる。
全身を眺め、シェンラはふっと息を漏らすと、視線をフィアンの瞳に留めた。
「――私の可愛い娘」
今までの凶行が信じられぬほど優しい目で、シェンラはフィアンの瞳をのぞきこむ。
慈しみと切なさを込めた甘さもって見つめられ、フィアンの瞳からぽろぽろと涙が零れる。それを舌で舐め取って、シェンラは言葉を続けた。
「恨むのならば、こんな私に拾われたことを、私という存在全てを恨むといい」
「シェン――」
軽くフィアンの耳を食むと、シェンラは彼女から顔を離した。
身を屈め、うなだれる様な姿勢になる。
ふと、フィアンが下腹部に吐息を感じたと思うと、シェンラの鼻先が彼女のももを割って入った。
「シェンラ!?」
ヒゲがももをくすぐり、毛先が下腹部を暖め、そして――鼻先が、股を割り柔らかな彼女の蜜壷に沈み込んだ。
花弁を掻き分け、舌が蜜口を舐め上げる。
「ひっ、あっ、やあ……っ」
先ほどまでの行為で、彼女の秘所は既に潤いを帯びていた。
口では嫌だと、こんな無理矢理は嫌だと言っていたのに、心の底では最愛の人に直接触れられることに歓喜していた事実を、否応にも突きつけられる。
「やめ、シェン、ラ……!」
今だって、シェンラの熱い舌が、人の指くらい器用に動き、襞を一枚一枚舐め、肉芽を擦り、じゅるじゅると蜜を舐め取っている行為に、これ以上ないくらい反応していた。そのせいで次から次へと溢れてくる蜜に対し、シェンラの舌は膣の入り口を僅かに入っては出て、そしてまた入るを繰り返している。自分の秘所から発せられる水音が、フィアンにとっては拷問のように恥ずかしかった。
「フィアン」
「シェン――ぁあっ!」
鼻先が陰核をぐいっと押し上げ、舌が遂に膣の中へと侵入する。人のそれより長い舌は、彼女の蜜壷へと入って壁を舐めまわすと、素早く身を引く。
彼女の中指――いや、それ以上の長さ分、舌は膣へ入り込み、まるで指を抜き差しするように侵入と脱出を繰り返す。
素早く往復する舌が生み出す甘い痺れが全身を駆け巡り、秘所からは絶え間ない水音が部屋に響き渡る。
「あ、ぁん、ん、んぁ……っ」
快感から逃れようと身をよじっても、シェンラに押さえられた肩は動かない。
「だめ、やだ、シェンラ……! こんなの、やぁ……っ」
悦びの涙を流しつつも、嬌声の合間に何とか言葉にした声すら、シェンラは気にしない。いやむしろ、シェンラの舌の動きはより速くなった。
ぐちゅぐちゅと響く蜜と唾液の音。
もたらされる快感のせいで下腹部に力が入れば、狭まった膣のせいで余計に舌の動きを強め、快感を増大させる。
「シェンラ、シェン、ラ……っ」
彼女の声に何かを感じ取ったのか、シェンラがかなり奥へと進めていた舌を抜き取った。
栓が抜かれた蜜壷は、たらりとした、唾液と愛液の混ざった液体を腿へと流す。
「ぁ……」
息を吐いたフィアンが、無意識に腿を擦り合わせると、シェンラの鼻先が遠慮なしに再び股の間へと入り込んだ。
鼻先が下から押し上げるように秘所を突き上げる。
そして、今度は舌全体を使い、彼女の肉芽を押し潰した。
「ぅ、ぁああ!」
広く熱い舌が、獣人の強い力でもって押し付けられ、陰核を左右に弾き、舐めまわす。柔らかな皮で覆われていた核はぷっくりと膨らみ、敏感になったそれを、舌が無遠慮に這って蹂躙した。
「だめ、や、ぁ、あ、シェン、ラ……!」
閉じようとする意思とは異なり、下肢には全く力が入らず、フィアンはただ押し寄せる波を引き受ける。
舌はゆっくりと蕾を押して弾いたり、素早く転がしたりと動きを変え、快感を彼女に積もらせていった。
やがて身体の内部へ降り積もった快感は抑えきれなくなり、フィアンは唇を噛んだ。
シェンラが彼女の心情を読んだかのように、牙を立てないよう肉芽に噛み付いた瞬間、波が弾けた。
「ぁ、ああ――……っ!!」
目を見開き、ももに力を入れてシェンラの頭を挟み込んだ。
大きな波が彼女の思考を覆い、何も考えられなくなる。
虚ろに見開かれた目で自分の下肢に挟まれた狼の頭を捉え、まるでそこから食べられていくようだと、呆けた頭で思った。
しばらく経って、どうにか息が落ち着いた頃、シェンラが顔を上げた。
口の周りは蜜のせいで濡れそぼっており、目を細めてそれを舐め取る姿を見せられ、フィアンは真っ赤になった。
「――フィアン」
フィアンは顔を背けた。
嫌だと言っておきながら、シェンラの顔を足で挟み込み、挙句達してしまった自分。
一体どんな顔してシェンラを見ればいいと言うのか。
顔を歪めたまま背けていると、シェンラが大きく息をつく音が耳に届いた。
「シェンラ……?」
さらに嫌われたんだと、恐怖に顔を引きつらせて、フィアンはシェンラに顔を向けた。
「――」
シェンラが、酷く苦しそうに、顔を歪ませていた。
「シェン――んんっ!」
どうしたのと、尋ねる前にシェンラの舌が、彼女の口を犯す。
シェンラは彼女に口付けをしながら、フィアンの肩を握り、扉から離した。そのまま、自分の身体に引き寄せる。
「フィアン……」
悲しそうな表情のまま、シェンラが彼女を見つめた。
泣きそうな――否、泣いているような――表情で彼女を見上げるシェンラに、フィアンは耐えられなくなって、解放された両手をシェンラの頭に回す。頬を挟み込み、鼻の頭に唇を落とす。
「……大丈夫、シェンラ?」
「っ!」
尋ねれば、傷口を蹴られたように、シェンラは顔を歪めた。
「そんな、優しくするのではないよ、フィアン。……私はお前を汚そうというのだから」
首元に顔を埋め、切なそうに彼女の首筋を舐めるシェンラに、フィアンはどうしていいのか分からなくなった。
彼女は嫌われていたはずで、そうでなくとも、繁殖期には近寄りたくない相手のはずだ。なのに、こうしてシェンラはフィアンを離そうとしない。
「お前が共に住もうと、そう思える男に出会ったことを、私は祝うべきなのだろう」
シェンラの舌が首筋を上り、彼女の耳をしゃぶる。ふるりと身体を震わせるフィアンに、シェンラは言葉を重ねた。
「しかし――私には許せそうにないのだよ。お前をそいつに渡すことも、私の前からお前が消えることも」
「シェン――ひ、ああっ!」
いつの間にか、シェンラの片方の腕が彼女の尻を下から支える位置に置かれ、その指の一本が、敏感になっている蜜口を撫でている。
「あ、だめ、シェン、ラ」
「お前は、私のものだ……フィアン。誰にも、渡す気はない」
「ん、ぁう……っ」
つぷりと、彼女の倍くらいある太い指が、膣の中へと侵入した。充分に濡れ、そして舌でたっぷりとほぐされた蜜壷はあっさりとシェンラの指を迎え入れ、絞めつける。
「ふ、あ、ぁん……」
指は花芯を解すように動き、襞を撫で、奥へ奥へと入っていく。ナカをかき混ぜていた指が、ざらざらとした腹側の内壁を探るように動き、力を込める。
「っ!? ぁ、ああ!」
その中の一部を触れられた瞬間、他とは全く異なる強烈な痺れがフィアンを襲った。
「此処がいいのかい、フィアン?」
息を耳に吹きかけられ、甘く囁かれる声に、フィアンは背を反らせた。彼女の反応に、シェンラがくすりと笑う。
「――でも、まだお預けだよ。もう少し、馴染ませなくては」
「え――!?」
シェンラの指が入り口付近まで引き抜かたと思うと、もう一本、指が加わった。二本とはいえ、人よりも随分と太い指だ。一年ぶりに何かを迎えたフィアンの蜜壷は、それで一杯だった。
「随分と、狭い。お前の男は、まだ此処には触れていないのかい? いや、だが――」
フィアンは、シェンラが何を言っているのか、さっぱり理解できていなかった。
でもこの瞬間、ようやくその片鱗の見当がついた。
「いない、よ」
「フィアン?」
シェンラが先ほどから言っていた台詞。
「他の人なんて、いない。私には、シェンラだけ」
まるで彼女に恋人か、それに類する相手がいるような物言い。
「私が好きなのは、シェンラ。他の誰でもないの」
「――」
シェンラの、全ての動きが止まった。
フィアンは今度こそシェンラの頭を抱きしめ、耳に唇をつける。
「あなたが好き」
ふわふわとした毛並みに顔を埋め、耳を食み、囁く。
「ごめん、シェンラ。女の人だって分かってても、止められないの。シェンラが好きなの。ごめん、ごめんなさい」
一度零れだした想いは止まらなくって、そのあと何度も好きだと口に出した。全く動かないシェンラが怖くて、フィアンはその間を埋めるように「好き」と「ごめん」を繰り返す。
そして、どのくらい繰り返しただろうか。何度目かしれない「ごめん」を紡いだ瞬間、フィアンは全身を強く抱きしめられた。あまりの強さに骨がきしみ、全身が悲鳴を上げる。
「謝らないでおくれ。私こそ、お前に謝るべきだ」
ぬる、とシェンラの指がフィアンの中から抜ける。そのせいで彼女は少し身体を震わせたけど、それ以上にシェンラがこれから何を言うかの方が気になって、シェンラを真っ直ぐ見つめた。
「勘違いしていた。私はてっきり、お前が誰か他の男と住むために、この家を出るつもりなんだと思ったのだよ」
そんなわけないと、顔を顰めたのが分かったのだろう。シェアンは気遣うようにフィアンの頬に鼻をくっつけた。
「私は確かに繁殖期で……精神がとても不安定だったから、利己的で愚かなことしか考えられなかった」
フィアンの耳を舐め、頬擦りをし、首元を舐める。
何だかシェンラはとても甘えたがりになっているように感じる。
「ずっと……お前に恋人が出来たときから、ずっとお前を誰かに渡さなければと思っていた。私は親で、お前は娘なのだからとね。でも、出来なかった」
シェンラは言葉の合間に彼女の唇を舌で舐め、額に口を寄せる。
「数年前……久しぶりに会ったお前は美しい娘に変わっていて、男の匂いをさせていた。私が感じたのは、今までに感じたことのない強烈な衝撃だったよ。同時に、相手を殺してやりたいと思った」
「シェ、シェンラ……!?」
酷く物騒なことを言うシェンラに、フィアンは慌てた。だが、シェンラはヒゲを揺らして満足そうに笑うだけだ。
「その時に気付いた。私は――いつの間にかお前を、女として愛しく想っていたのだと。一時は、父親が感じるようなものだと、気の迷いなのだと片付けようとしたよ。だが、別れたと聞いては喜び、また付き合ったと聞けば相手を縊り殺したくなった。繰り返しているうち、もう気のせいなどではないと観念した」
うっとりと、彼女を甘やかす例の視線で見てくるシェンラに、フィアンは喜びを感じたけれど、でも少しむくれて訴えた。
「でも、シェンラは避けてたじゃない。帰ってこなくなったじゃない」
「お前は私を『母』として見ていただろう? 一緒にいればいつかこうして犯しそうだったからねえ……距離を取ったのさ」
「おか――!?」
さすがに絶句した。
シェンラは目を白黒させる彼女を楽しげに見つめている。しかし笑いながら、彼女を抱き上げたまま部屋の奥へと向かう。
「繁殖期の間はね、好いた相手を全身が求めるものなのだよ。お前の匂いでかろうじて理性は繋いでいるけど、その身体を求めてどれほど理性が溶けていくか……それこそ、声などかけられたら、確実に崩壊するさ」
「だから……『話しかけるな』、『部屋に入るな』?」
彼女をベッドに下ろしつつ、シェンラは眩しそうに目を細める。
「そう。だから、お前が『家を出る』と男の匂いをさせて言ったときに、二重の意味で我を忘れた。嫌だと泣くお前に、それほど相手を想っているのだと突きつけられ、自棄になった。心が手に入らないのなら、せめて身体を憶えていたかったのだよ」
切なそうに見つめられ、フィアンは泣きたくなった。先ほどまでとは全く違う気持ちで、涙が出そうになる。シェンラの頭を胸にかき抱き、囁いた。
「心だって、とっくにシェンラのものだもん。男の匂いなんて知らない。だから疑わないで」
何でそんな匂いがするのか分からないけれど、フィアンは懇願した。シェンラにそんなことを疑われるなんて、絶対に嫌だった。
シェンラは声を出さずに笑い、フィアンの唇を舐める。
「――ああ。傷つける前に気付いて本当に良かった。少し冷静になった今なら分かるよ。ナイアとかいうお前の友人に、何かされただろう?」
「ナイア?」
前触れもなく出てきた名前に、フィアンは首を傾げた。
「一緒にお酒を飲んで……なんか香水かけられて――え?」
香水。
帰宅するときに夜風に当たって、すっかり匂いが消えていたから忘れていたけれど、シェンラはとても鼻がよいのを失念していた。
「それだよ。以前北の町で、恋人同士でお互いの幻力を溶かした特別な香水を作るのが流行っていた。よく嗅ぎ分ければ、知らない男の匂いの中に、ナイアのものも混ざっている」
「……あんにゃろ……」
次会った時覚えてろと、フィアンは心の中でナイアに悪態をついた。
でも、少し不思議に思う。
「だったら最初から、気付いてくれればよかったのに」
フィアンがそう言うと、シェンラは肩を竦めて苦笑した。
「言っただろう? 繁殖期は精神が不安定なのだよ」
「でも今は気付いたじゃない」
「そりゃあ、お前の体液をたっぷり貰ったからねえ。落ち着きもするさ」
「たい――!?」
全身が羞恥で感じつつ、フィアンは顔を見せないようにシェンラの肩に顔を埋めた。シェンラが笑っているのが、身体が震える感覚で伝わってくる。
シェンラは牙を見せて笑いながら、ゆっくりフィアンをベッドに下ろした。
彼女の頬を両手で包み込み、口を合わせる。
「ん……ふ、ぅ」
舌が絡み合って、口の中がシェンラで一杯になる。
同じ行為なのに、最初と違って、今はとても優しい気持ちに満たされる。
舌が口の中から抜かれる頃には、大分とろんとした変な顔を見せていたに違いない。
「――そうそう、お前に誤解を解いてもらったのだから、お返しをしなければ公平じゃないだろう?」
「お返、し?」
ぼうっとシェンラの瞳を見つめるフィアンの左手を、シェンラが握った。シェンラの空いた片手は彼女の顎を掴んでいるため、視線を逸らすことは出来ない。
シェンラはまず彼女の手を自分の頬に持っていかせ、そのまま毛並みを整えるように首、胸、腹へと下がらせる。
そして、フィアンの手が何かに触れた。
「手……?」
手首だと思った。太さといい、硬さといい、温かさといい、腕のようだったから。
(え、でも待って)
シェンラの腕にしては、細い。それにふわふわの毛がない。
第一、シェンラの手は、片方は彼女の顎、もう片方は彼女の手首を掴んでいる。
「え?」
何だこれはと、フィアンは手を動かした。滑らかで、熱くて、何だかどくどくしてるような。
摩っていたら、シェンラがやけに色っぽい吐息を漏らし、彼女から手を放した。
自由になった首を動かして、自分が何に触れているのか確認したフィアンは、思わず叫んだ。
「な、なんでえええ!?」
左手が握っているソレは、どう見ても男性器だった。
フィアンが知ってるものより、はるかに大きくて、はるかに長くて、はるかに太かったけれど、形状的には男性器。
シェンラが今度こそ、声を立てて笑い出した。
「面白いから黙っていたけれど、私は男だからねえ、そりゃついてるさ」
パクパクと口を開閉し、フィアンはソレとシェンラの顔を交互に見た。
「だ、だって……こんな凶悪なの、シェンラついてなかったよ……?」
酷く震えた声になってしまったが、彼女の意図は伝わったのだろう。シェンラは愉快そうに目を細めた。
「私の種族は、種族と言えぬほど集まらず、ひたすら旅をすると話しただろう? そんな生き物が、文字通り急所を晒していては何かと不便だ。欲情してないときは体内にあるのだよ」
「だ、え、そんな、だって……」
自分でもどう反応していいのか分からず、フィアンは混乱した。確かに蛇族とか、一部の種族や動物はそうなっていると聞いたことがある。
しかしまさか、シェンラがそうだとは想像すらしなかった。
「女だって否定しなかったじゃない!」
「肯定もしていなかっただろう?」
言われてみれば、確かに肯定されたことはなかった。
女の人じゃなかったという喜びと、騙されてたという怒りで、フィアンがぐぬぬと唸っていると、シェンラが優しく口付けてくる。
舌で唇を舐め、口内を撫で、舌に巻きつく。後頭部を押さえられてされる口付けも、今度は怖くない。むしろ、悦びに身体が震えた。
舌が離れ、身体をとんと押される。
身体の大きなシェンラに合わせて作られたベッドは、フィアンが三人か四人は寝れそうなほど広く、難なく倒れた彼女の身体を受け止める。
「フィー」
今まで聞いた、どんなときよりも甘い声で、シェンラが彼女の愛称を呼ぶ。
瞳は愛しさにとろりとした熱を含み、彼女を貫く。
「シェンラ……」
シェンラが彼女に覆いかぶさり、顔中に口付けを落としていく。口と、ヒゲと、毛が当たってフィアンは小さな笑い声を上げた。
そんな彼女の腹に、シェンラのものが当たる。体格差もあり、彼女には大きすぎるそれに、フィアンは怖くなった。
彼女の様子を見て、シェンラが口角を上げる。
「いきなり挿れたりしないさ、フィー。じっくり私に馴染ませていくから、安心しなさい」
シェンラはそう言うと、フィアンの唇を舐めた。
彼女を労わるような口付けに、フィアンは緊張を解いて身体の力を抜き、シェンラに腕を回す。
正直、今は色んなことが頭の中を巡っていて、何も考えられない。
だけど、もう急ぐ必要はないのだと、フィアンは笑みを浮かべて目を閉じた。
(シェンラ)
幸せを噛み締めて、フィアンはシェンラに身を任せた。
草原のような香りのする白い毛に手を差し入れて、喉を鳴らす。
シェンラの舌が唇を離れ、胸元に落ちていくのを感じながら、フィアンは『彼』の名を悦んで囁いた。
まさか『馴染ませる』ために一週間昼夜を問わず責めたてられ、仕事を休むことになるとは、この時の彼女は想像だにしなかった。
その後は繁殖期が終わる約一ヶ月間、気絶するまで求められ、それが繁殖期のたびに繰り返されることも、当然知らない。
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