「に」 にど三度以下省略


 そして彼女は今、先日長い時間を過ごした大木の前にいる。

「……なんで?」

 彼女は、馬車を降りて森に入ったはずだ。
 今日は同行者がいなかったから、一人で踏み均された道を歩いていて……なのに、倒木を跨いで顔を上げた直後、この場所に立っていた。

「ただ歩いてただけなのに、こんなのおかし――」

 カサリと間近で音が聞こえ、ムゥリは振り返った。
 数歩離れた場所に、青蛇が鎌首を持ち上げて佇んでいた。

「青蛇――!?」

 どくりと、鼓動が高鳴った。
 全身が、沸騰したのかと言いたいほど熱くなる。
 息が荒くなり、下肢に力が入らない。
 そして、下腹部がこれ以上ないくらい蜜を溢れさせたのを感じ取った。

「青蛇、さま……」

 白銀の蛇は、昼の光を浴びて、自身が光っているかのように輝いていた。
 力強い紫の瞳が、彼女の身体を貫き、まるでその視線で犯されているような感覚に陥る。
 ムゥリは、その場にへたり込んだ。
 全身が、彼女の細胞の一つ一つが、目の前の魔物を強烈に求めている。
 先日、時間の感覚を失くすほどに絡み合った記憶が蘇り、泣きたくなった。

「あおへび、さま……っ」

 先ほどとは異なる意味合いで魔蛇を呼んだが、相手は動かない。
 これほどに苦しいのに、目の前の相手は、怖いくらい平静に彼女を見据えている。
 どうすれば、どうしたら、彼をくれるんだろう。
 ムゥリは此処へきた目的も忘れ、そんなことを考えていた。
 唇を噛み締めるムゥリの下に、ようやく青蛇が寄ってくる。しかし、大蛇は彼女に触れる前に止まると、頭を低くする。

「なん、で……?」

 ちろちろと舌を出す青蛇は、彼女を愉快そうに――ムゥリはそう感じた――見つめた後、しゃがみ込んだ彼女の膝を軽く鼻先で小突いた。
 それだけで、彼女の身体を痺れが走る。
 だが、青蛇は再び動かなくなって。

「あお、へびさま……!」

 自分が、懇願するような声を出した声に気付いても、彼女は止められなかった。
 胸の前で組んでいた手を伸ばし、蛇に触れようとする。
 青蛇は、そんな彼女の手をすっと避けた。

「っ」

 拒否されたショックで、ムゥリは悲愴な表情で大蛇を見つめる。
 小さく嗚咽のような声を出すムゥリに、青蛇は頭を低くし、彼女の歩きやすいパンツタイプの下衣を口で引っ張った。

「……?」

 ムゥリはそれきり離れてしまった青蛇が何を言いたいのか分からず、首を傾げる。

「立てってこと? それとも服が――」

 ムゥリは言葉を切った。
 まさかこの魔蛇は、彼女に服を脱げと言っているのだろうか。

(そんなの、無理!)

 こんな青空の森の中、自分で服など脱げるわけない。
 しかし、前回のことを考えるに――そして、彼女自身が求めていることからして、どう考えても服は邪魔なだけだ。

「……」

 考え込んだ。その間も、青蛇は動かずに彼女の顔をじっと見つめていた。
 結局彼女はその熱い視線と、自らの体の反応に耐え切れず、下衣に手をかけた。
 そうして全身を羞恥で朱に染めながら立ち上がった彼女を見ても、蛇は未だ動かない。

「違かったの……?」

 間違いだったら恥ずかしすぎると目を潤ませたムゥリに、青蛇は首を上に動かす。彼女の上半身を指すようなその動きに、ムゥリは身体を震わせた。

「まさか、う、上も……?」

 尋ねれば、青蛇は満足そうに舌を出し入れする。
 ムゥリはまた酷く悩んだが、もうどうにでもなれと、服を全て取り払った。

「これで満――」

 その瞬間、大蛇が彼女に飛び掛ってきた。
 足から上半身に向けて巻き上がり、その重さに耐え切れず後ろに倒れ込んだ彼女の身体を、青蛇は難なく自身の身体を受け止める。
 そのまま、丁度良いとばかりにムゥリの全身を絡め取った。

「あおへび、さ、ま……っ」

 何にも邪魔されず、肌を擦り付けあう感覚に、ムゥリの目には勝手に涙が浮かんだ。きゅっと素早く青蛇の頭が腰から背中、胸、背をまた回って肩へと動き、顔の正面に浮かぶ。
 彼女が無意識に喉を晒せば、青蛇はそこに躊躇いなく噛み付いた。
 牙が突き刺さり、そして離れていく感覚に、ムゥリはこれこそが彼女に異常をもたらした原因なのではと悟った。
 しかしすぐ彼女に巻きつき、そのやや柔らかく平たい顎全体で、彼女の頭や首筋、顔を愛撫する青蛇に、思考は散っていく。
 あの濃厚な交わりの最中に、彼女は魔蛇のこの頭をこすりつける行為が、求愛行動に近いものだと理解していたから、恨みの気持ちが萎んでしまったのだ。
 頬が赤くなるほど頭を押し付けてくる相手に、怒りは長続きしない。

「あ、うんん……っ」

 むき出しの胸を擦り、早くも硬くなった性器を発現させて彼女に絡みつく青蛇に、ムゥリも腕を回して抱きついた。
 棘々した陽根が、くちゅくちゅと蜜口をノックしている。
 恥ずかしいけれど、でも確かにこの魔物を求める気持ちは止められなくて、ムゥリは羞恥から目を閉じながら、そっと足を大きく開いた。

「ぁあああっ!」

 一気に奥まで入ってきた男根に、ムゥリは悲鳴を上げる。
 青蛇はそのまま、彼女の中をぐちゃぐちゃにするように動き出し、全身を彼女にこすりつけて奥を求めた。
 どうやら青蛇は、今は人の交わりの気分らしい。
 ムゥリは歓喜の涙を流しつつ、求める声を出しながら、魔蛇に口付けた。
 激しく突かれて彼女の身体は揺れるも、その揺れすら独占するように魔蛇は絡みつき、舌を彼女に伸ばす。

「んっ、ちゅむ、んんっ」

 上も下も、遠慮なく犯されて、ムゥリはおかしくなりそうだった。
 彼女をかろうじて繋ぎとめているのは、通常なら苦しく感じるはずの青蛇の身体。どうやら魔蛇なりに気を遣っているらしく、彼女を締め付けはしても、体重をかけないように力を入れているらしい。
 魔物なりの不器用な優しさを感じて、ムゥリは笑う。

「あっ、ああっ、んっ、ぁあんっ!」

 そんな余裕もすぐにかき消され、ムゥリは激しくなる花芯への責めに、大いに啼く。
 そしてすぐ後、彼女は青蛇の猛りを感じつつ、高みに星を散らせた。

 青蛇は一度彼女に精を注ぎ、男根を交代させたが、動きは緩慢ではなかった。
 ゆっくりとした動きをしては、すぐに彼女を揺すり、また遅くなる。それはまるで、本来ゆるく繋がるものが、抑えきれずに突き進んでしまっているかのようで、ムゥリにおかしな幸福感をもたらした。
 しかしどうやら今回も、すぐに解放してくれる様子はなかった。


 * * *


 そんな彼女達の逢瀬は、これで五度目になる。

 およそ五日ごとに森に訪れ、二日は最低でも拘束される。
 何だかんだで社に訪れるたび、床が綺麗になっていたり、行為の最中に与えられる木の実の種類が変わっていたり、花が撒かれていたりと、気を遣われているらしい。
 魔物なのに、変なの。そう笑いつつも、ムゥリは喜びを隠せなかった。

 馬車に乗りながら、タートルネックの服の上から、胸元を押さえる。

 二度目の訪れの時、最後に解放された際、彼女の首には青真珠の首飾りが巻かれていた。
 不思議な力で留められているのか、首飾りはどんなに頑張っても留め具が外れず、困ったものだ。一生遊んで暮らせるくらいの価値にはなる装飾品をまさか剥き出しにも出来ず、ムゥリは服の中に隠すことでどうにか心の安定を図っている。
 こういうとき、価値観が異なるというのは問題なのだと実感する。

 まあ、首飾りは青蛇の社に『飛ぶ』ための鍵でもあるようなので、ムゥリは文句を言うのを諦めた。

 そして今、彼女は慣れた森へと降り立った。
 ムゥリは染色師という職業に就いており、染色に必要な染料を得る為、森には何度も訪れている。
 彼女は布だけでなく、金属にも『染め』を施せる数少ない染色師の一人だ。そのおかげで材料採取という言い訳がてら、こういう『出張』の融通がきく。
 だからこそ、魔蛇に青筋を立てることなく、この『逢瀬』を繰り返せるのだった。

 ムゥリは馬車を降りると、狩りに来たと言う数名と共に森へと入る。
 狩人らしい三人のうち二人は初対面だったが、おどおどとしたネズミ顔の男は何度か一緒になったことがあった。
 何の面白みもない会話を続けつつ、適度なところで一人になるべく、ムゥリは程よい獣道を探していた。

 だから、彼女は気付かなかった。

 狩人の一人、背の高い人間の男が突然ムゥリに襲い掛かり、背後から羽交い絞めにする。

「な、何するんですか!?」

 いつもは、ムゥリは護身の為として短剣や弓矢を常に放てるように警戒している。森の中には詳しいし、護身用の道具もいくつか携帯していたから、危ない目にあったことはなかったのだ。
 しかし今日は、早く一人になりたいと、同行者への警戒を怠ってしまった。結果、何の抵抗も出来ずに捕まってしまった。

「く、く、首です! 服の下!」

 ネズミ顔の男が、ムゥリの胸元を睨みつけながら興奮気味に叫んだ。

「分かってらあ、黙っとけ」

 もう一人の、熊のようにガタイの良い大柄の男が、気色悪い笑顔で、ムゥリに近寄ってくる。

「何……? こ、来ないでよ!」
「へへ、良い声で啼くじゃねえか」
「やめ――やああ!!」

 大柄の男は彼女の服に手をかけると、一気に肌着ごと首まで捲り上げた。

「ほ、ほ、ほらっ、言ったとおりだ、青真珠だ!」

 ネズミ顔の男が叫ぶ。

「前に、首元が光ってたの、み、見たんだ! と、鳥男が森から、あ、青真珠を持ち帰ったって、う、噂もあったし、そうだと思った!」

 どうやらネズミ顔の男は、青真珠が社への道を開くところを見ていたらしい。鳥男――ヨークに口止めしていなかったことを、ムゥリは今更ながら深く後悔した。

「いいねえ、これで当分遊んで暮らせるぜ!」
「やめ、触らないで!」

 手を伸ばしてくる大男に、ムゥリは足を振り上げて抵抗する。

「おい、暴れるな!」

 背後の男が彼女に叫ぶが、そんなんで止めるわけがない。ムゥリは大男の急所でも蹴ってやると、足を動かした。

「まあ、いいじぇねえか。こういう女には、こっちの方が――」
「ひっ! やだ、放してよ!!」

 振り上げた足は難なく大男に受け止められてしまった。彼女は叫んだが、大男は下卑た笑いを浮かべ、彼女の足をさらに持ち上げた。

「やああっ!」

 そのせいで、もう一方の足まで浮き上がり、男は見た目と異なり素早くその足を掴むと、大きく空中でムゥリの足を開かせた。

「やだ、やだああっ! 放して! 放してよ!!」
「おい、ギュロ。この女のズボン、剥ぎ取れ」

 大男がネズミ顔の男に命令すると、ネズミ顔の男は笑いながら彼女に近寄ってくる。ムゥリは激しく抵抗したが、両腕両足を二人の男に掴れ、宙に持ち上げられた状態では、抵抗らしい抵抗は出来なかった。
 ネズミ顔の男は、あっさりと彼女の下衣の留め具を外し、太ももまでずり下げた。

「いや、放して! やめてよ!」

 泣いて叫ぶムゥリを、三人の男たちは愉しそうに眺めているだけだった。
 大男が命ずる。

「下着もだ」
「わ、わ、分かったよ」

 ネズミ顔の男が、ムゥリの下着に手をかける。

「やだ……や、いやあああっ!」

 縁に手をかけ、それを引き下げようと力を込めた。

「――さま、青蛇さまああっ!!」

 彼女の叫びに大男が顔を顰めたのと、ネズミ顔の男が突然吹き飛んだのは、同時だった。

「ギュロ!?」

 ネズミ顔の男は叫び声すら上げる暇なく、一気に彼らの頭上を超え、凄まじい勢いで離れた場所に立つ木に激突し――地面に落ちて動かなくなった。
 男二人がムゥリの手を放し、彼女を地面に落とす。各々の武器を構え、辺りを警戒する。

 何だか分からない。でも、逃げるなら今しかない。
 ムゥリは、ネズミ男が居た所とは逆の方向へ駆け出した。

「おいてめぇ、待て!!」

 男たちが、彼女を追って駆け出す音が聞こえた。ズボンを脱がされかけたムゥリの足は上手く動かず、男たちがすぐ迫ってくる気配がする。
 彼女の腕に、男の指が触れ、ムゥリは全身から血の気が引いた。

「ひ、ぎゃああああっ!!」

 だが、彼女の腕が掴れるよりも前に、森に男の絶叫が木霊する。
 怖くて、ムゥリは足が止まりそうになったが、後ろを見ないようにひたすら走った。

「やめ、なんだおま――やめ――」

 大男の恐怖に満ちた声が上がり、叫びに近い音が出たが、それが不意になくなる。
 木の枝を折るような、何か重たいものが木に激突するような、その他にもムゥリには想像すら出来ない音が背後から聞こえた気がしたが、ムゥリは耳を塞いで走り続けた。

「青蛇、様、青蛇様……っ」

 呪文のように一つの言葉を言い続け、ムゥリは走った。
 がむしゃらに駆け続け、足がもたれて、地面へ顔面から倒れこむ。

 ――だが、彼女を受け止めたのは地面ではなく、弾力のある白い地だった。
 滑らかな、輝く白銀の色。

 涙でべちゃべちゃになった顔を上げたムゥリが見たのは、もう幾度となく目にした魔蛇だった。

「あおへび、さま……」

 周りを見回せば、そこはいつもの社の奥。
 先ほどまでの、鬱蒼とした森ではなく、光溢れる守り神の森。

「青蛇さまああ!」

 ムゥリは魔蛇に正面から抱きついた。
 先ほどまでの恐怖を和らげようと、蛇の身体を一生懸命抱きしめる。
 青蛇は、そんな彼女の身体に絡みつき、尾で何度も背を撫で、暖めようとした。
 だが、恐怖で怯えきった彼女の身体は冷たく、がちがちと震えている。

「青蛇さまぁ……」

 震えている彼女の身体を見つめ、青蛇を空を見上げた。

 次の瞬間、ムゥリは柔らかな白い布に包まれていた。
 彼女の腰ほどもある胴は硬いが平坦な身体に、彼女をさすっていた尾は節ばった手に、彼女の頭を撫でていた顎は、ふわふわとした毛に覆われる。

「青蛇様……?」

 顔を上げたムゥリの目の前には、蛇はいなかった。

 白い肌に、白銀色の髪、紫水晶の瞳を持った、美しい男性が彼女を抱きしめていた。

「――すまない」

 整った唇が動き、胸を揺り動かすような低い声がムゥリの耳に届く。

「人型を取っていて、お前の声に気付くのが遅れた」

 男は辛そうに顔を歪めてそう吐き出すと、ムゥリの顔を両手で包む。

「恐ろしかっただろう」

 男は言って、彼女の涙を流す瞼に唇を落とした。
 優しい口付けは、何故か青蛇との口付けを連想させた。

「青蛇、様」

 そうだ、目の前の男は魔なる白銀の大蛇だ。
 何で人の姿とか、さっきの奴らはとか、色々聞きたいことがあった。
 でも、ムゥリは黙って人の姿を取った青蛇に抱きつく。

「青蛇様」

 全く異なる姿なのに、彼からは大蛇と同じ、深い森の香りがする。
 ムゥリは安心して、抱きついたまま眠りについた。
 青蛇はいつまでも、彼女の身体を温めようと、背をさすり続けた。


 ムゥリが目を覚ましたとき、青蛇は元の蛇の形に戻っていた。
 でも、彼女は気にしない。
 その後はやっぱり時間をかけて一つになって、果実を食べさせてもらい、また絡み合う。
 そんな日々が続いていく。

 一つだけ以前と異なるのは、青蛇が時折人の姿を取るようになったこと。
 蛇では出来ない睦み合いで彼女を味わえるから、愉しいらしい。

(青蛇様は、胸を手で弄るのが特にお好きだ)

 ただ、彼女が呟いた『青蛇様と話が出来たらなあ』という願いを叶える為に久しぶりに人になったあの日、ムゥリが襲われたことは忘れていないので、彼女が腕の中にいる時、極たまに変わるだけだ。
 彼女としても、最初に心惹かれたのは魔蛇の姿だから、どちらでも構わなかった。それを告げた後に、青蛇の姿で苦しい程抱きしめられた時は、冗談抜きで死地を彷徨ったけれど。

 ごくたまに交わされる言葉だけで、ムゥリは喜べる。
 中でも驚いたのは、この森に住む蛇を通して青蛇は色々物を感じられるらしく、彼女がヴァンを助けたのも『知って』いたということ。

「お前の必死に治療する姿も、愛しく小蛇を見つめる姿も、柔らかなこの指で撫でる感覚も、全て知っている」

 うっとりと彼女の指を咥えながら守り神たる青蛇は囁き、「実際に触れられる方が、余程狂いそうになる」と今日も彼は捕食者の瞳を彼女に向けた。
 森にあらざる高い声が響くのも、時間の問題。



⇒前編へ


戻る
inserted by FC2 system